Expatriates(移住者)  Part 1&2

最もエキサイティングなブラジリアン・ポピュラーミュージックはブラジル国外で作られている。

ジョセフ・コンラード曰く、移住者の中には彼等のオリジナルの言語や文化を見つける事が難しい程に移住した国に同化している者がいる。しかし、過去を捨て去り新たな人生を始めても、輝かしい過去が終生、永遠に寄り添う者もいる。(Kurt Weillを思い出す)

そして、どこに居ようと母国の言葉を使い続ける者達もいる。”World”がポピュラー・ミュージックのジャンルとして確立され、これらのポピュラー・ミュージックを作るアーティスト達は、外国たとえ他の大陸に移住しようとも、自宅にいるような感覚で創作活動ができ、経済的にも成り立つ事を見い出した。

この結果、最も興味深いブラジリアン・ポピュラー・ミュージックは今、日本、ヨーロッパ、アメリカで作られている。最近のCDで二つの良い例は日本に住むヴァスコ・デブリートの『Praia dos Corais』と、サンフラン・シスコのベイエリアに住むClaudia VillelaとRicardo Peixotoの『Inverse Univrese』だ。

日本発、古き良きブラジルを彷佛とさせるヴァスコ・デブリート

グラヴィオラ、グァバ、マラクジャ
奇妙なバレエ、フウキン鳥のダンス
ダイアモンド、平野、潅木、未開の地
心が吹き飛んでえぐり取られた
『ピンドラマ』より

Graviola, goiaba, maracujá estranho balé dança de tangará
diamantes, chapada, caatinga, sertão
explodindo as minas do meu corao
[from "Pindorama"]

えぐり取られたヴァスコ・デブリートの心は、10年前に去った故郷ブラジルのサウンド、風景、雰囲気であふれはち切れそうである。彼の10代の頃よりボサノバやMPBにとって厳しい時代になり、作曲家自身が「音楽をブラジルでやり続けるのはとても難しい・・・特に僕のようなタイプの音楽はね」と語るように、デブリートは日本に移り住む決心をする。

『Praia dos Corais』はデブリートの日本における二枚目のアルバムで、ノエル・ホーザ、ドリヴァル・カイミ、シコ・ヴァルキそしてアントニオ・カルロス・ジョビンに捧げられており、特にジョビンに対する思いは深い。デブリートの声はジョビンのそれに良く似ていて、彼が歌う時は亡き作曲家を思い出さずには居られない(彼は全トラック歌っている)。しかもアルバムジャケットではストローハットをかぶり白いジャケットを着て海と木に向かってポーズをとっていて、とにかく全てトムに捧げられている。

先建のトムと同じように、ヴァスコ・デブリートは海外に居ても本当のブラジル音楽を作り続けている。最近の彼のインスピレーションは相模湾に面した小さい町、19世紀に広重Keisai Eisen3代目豊国らによって浮世絵で描かれた、江戸、京都間にある歴史的な東海道の第八の宿、大磯から来ている。大磯の海と山の美しさは、ブラジルの自然と文化のミステリアスな錬金術を呼び起こす助けになっているのは疑う余地がないだろう。

従ってプライア・ドス・コライスは完全に日本で生まれたブラジリアン・ワークなのである。デブリートの音楽の特質は、彼の曲は新しいオリジナルにもかかわらずヴィニシウスやトムの曲に近く(イミテーションではなく家族の一員のように)私が感じたように、ボサノバやクラシカルなMPBファンならきっと泣いて喜ぶであろう点にある。

『ピンドラマ』はブラジルの自然な光景の叙事詩を奏でる自然の命、澄んだ水、太陽、空、そして音楽と共にCDのオープニングを飾る。マウリシオ・マエストロによるアレンジのラブリーでフェミニン女性コーラスが、ヴァスコのヴォーカルとフェルナンド・メルリーノのピアノに織り込まれる。ヴィニシウスやカルテット・エン・シーの良き時代のように、牧歌的なファウエル・ワールドにリスナーをいざなう。

現実に戻って、『ポル・ウン・フィオ』は生活が苦しくても、まだフォホのダンスを踊り、「確かなのは神がきっとブラジル人だって事、ベレンで生まれたベレンの北、ベレンのパラで」と祝うエネルギーを未だに持ってる、貧しい北の人々にストレートに焦点をあてている。

『ジャスト・ルック・アット・ミー』は1962年に行なわれたジョビンの有名なカーネギー・ホールのボサノバ・コンサートについて、「これからのブラジルはコーヒーとサッカーだけで知られるだけではなくなるだろう。」と書かれた古い評論からインスピレーションを受けている。曲はアメリカ女性にダンスを申し込んでいるブラジル人男性の囁きを通して、ブラジルに対する人々の無学(または偏見?)を表現している。

僕達はバナナの話をしているのではない
ましてバンダナを巻いたジャングルの農夫でもない
サンバはほとんど踊れない
ランバダ・ダンスを踊った事もない
僕はただの男だ
ここに立ちそして
不思議に思っている
なぜ分らないのかと

We are not talking'bout bananas
or jungle farmers in bandanas
so I can barely dance a samba
and I have never done the rhumba
I'm just a guy
standing here and
I'm wondering why
you can't see me.

美しいボレロ『ナヴェガンチ』は深い水の中で彼自身を見つける精神的なアドべンチャーとサバイバルの物語。『サパチオウ』奔放なクラリネット、テノール・サックス、トランペット、トロンボーンが描き出すダンスホールのようなシーンが緻密に計算されている、賑やかなサンバ・デ・ガフィエラ。『フィズ・ウン・サンバ』は恋に落ちて彼女の為にやった全ての努力が水の泡になってしまったマランドロ(伊達男)のユーモラスな哀歌である。

不毛の土地に雨を降らせ
動物達も話し始める寸前だ
選ぶ服の好みも変え
君が気に入るように粗末な小屋に飾りも付けた

No sertão eu fiz chover
bicho só faltou falar
fiz de tudo; o impossível
mudei o meu modo de trajar
enfeitei o barraco só pra lhe agradar

ヴァスコと素晴らしいレティーシア・カルヴァリョの漂うようなデュエットのバラード『インヴェンサォン』は「ブラジルも暴力、不正、貧困のない違った国になれるはずだ」と言う作家の夢を描いている。付け加えると、レティーシア・カルヴァリョはブラジル音楽の素晴らしい才能の持ち主の一人である。以前に聞いたギレルミ・ゴドイとセルジオ・ボトのインディペンデントのCD『O Samba sabe o Que Quer』(1998)で、ゴドイとデュエットしているサンバ・デ・ブレッキの『A Loira do Backing』は忘れがたい。

『ジャ・パサ・ダス・ドゥアス』は「アンチ・フォサ(落ち込みに抵抗する)」の歌だ。主役は恋人に冷たくされて、いつか必ず彼女が戻ってくると落ち込むのを拒んでいる。

落ち込んではいない
気にもしない
正気も失わない
鎮静剤は必要ない
この時間を紛らわすために
ヴィニシウスをもう一度読もう
難しい事ではない
外と自分を切り離す事は

Não caio abatido,
nem fico ofegante,
não perco os sentidos
abro mão do calmante
Disfarço essas horas
relendo Vinícius;
não é assim tão difíil
desligar lá de fora

『Conversa de Botequim』の現代版と言った感じの『リガンド・パラ・オ・バール』でアップ・テンポのリズムになる。ノエル・ホーザ/ジョアン・ボスコを足して2で割ったような陽気で面白い歌詞の曲だ。

もし出来る事ならば
僕のテーブルに
紙とペンを置いてくれ
ベベルの為の歌を
書いてみようと思うんだ

E se, também puder fazer a gentileza
de botar ali na minha mesa
caneta e papel
que é pra que eu arrisque
alguns versinhos pra Bebel

ディスクは女性コーラスが戻り、目をさませ-育てと自然に呼び掛けるイメージのタイトル・ソングで終わっている。

殻を破り、地球を切り開け、種よ、幼い芽よ
さあ!
翼を広げ、叫びを解き放て、世界をひっくり返せ
さあ!

Sai da casca, rompe a terra, grão, o germe;
sai!
abre as asas, viramundo, solta o grito;
vai!

作曲家は全てのトラックをアレンジしているが、彼自身演奏はしていない。演奏のほとんどはフェルナンド・カルヴァリョ(エレクトリック・ギター)、マルセロ・マリアーノ(ベース)、パントリコ・ロシャ(ドラム)がサポートし、ゲストとしてロメロ・ルバンボ、ローン・カーター、パウロ・ブラガが『ナヴェガンチ』と『フィズ・ウン・サンバ』(カーターの代わりにニルソン・マッタ)が演奏している。

『プライア・ドス・コライス』は完結した作品で繰り返し聞いても飽きさせない。オーディオ・サンプルはヴァスコ・デブリートのHPで聞く事ができる。

Vasco Debritto: Praia dos Corais
(Polystar PJL MTCW-1007; 2001) 37:44 min

All songs by Vasco Debritto

01. Pindorama
02. Por um Fio
03. Just Look at Me(lyrics by Thomas Walker)
04. Navegante
05. Sapateou
06. Fiz um Samba
07. Invenção
08. Ja Passa das Duas
09. Ligando para o Bar
10. Praia dos Corais(prologue)
11. Praia dos Corais

Daniella Tompson on Brazil
ダニエラ・トンプソン アメリカ・サンフランシスコ在住のブラジリアニスト。音楽と文化の評論家。オピニオンリーダーとして注目されている。

http://daniv.logspot.com/